人徳と劉邦

人徳と劉邦

政党内での権力闘争を見る度に思うのは
「勝つのに必要なのは才覚より人徳」
ではないか?ということ。

始皇帝が全土を統一した秦が二代で倒れた後、競った項羽と劉邦。
武人としての才能で言えば圧倒的に項羽の方が勝っていた。
一方の劉邦はただの酒飲みで女好きの亭長でしかなかった。

しかし劉邦は蕭何・張良・韓信という3人の英傑を使いこなし項羽を倒して漢を興した。
一方の項羽は范増という一人の軍師すら使いこなせずに逃げられて最後は四面楚歌の中、露と消えたのである。

個人にどれだけ能力があっても政治のような数が物を言う世界では意味を成さない。
そして組織化においてはリーダーが賢ければいいというものでもない。
賢さをひけらかし他人を見下し義理人情に欠ける人間についていく者は少ない。

中国には「握髪吐哺」という言葉がある。
周公旦は賢者の訪問があれば洗髪中なら髪を握ったまま、食事中なら口の中の物を吐き出して客人に会ったのが由来だ。
三国志の中にも袁紹の元から許攸が下ってきた時に曹操が履物を履かずに素足で迎えたという描写がある。
自分が賢いと自惚れている者であればこういう状況下でもふんぞり返っていた事だろう。
熱烈に歓待してくれるのと、どちらが「この人の為に一肌脱ごう」と思うかは言うまでもない。

たとえ個人に理念や理想となる国家像があっても権力を奪取しなければ絵に描いた餅でしかない。
だから個別の政策を語る前に為政者になるには人の本質を知らなければならないのである。

人徳がないが故に優秀でありながら夢破れた者が歴史上には枚挙に暇がない。
それなのにどうして歴史から学ばずに同じ過ちを繰り返すのであろうか?
外交や軍事に経済と政策を学ぶのも大事だが歴史を知らなければそれらの知識は無駄になるだろう。